親世代が築きあげた資産を、子世代や孫世代にも、維持し活用して欲しいと願う方は多いでしょう。
ただ、最初に制度設計を誤り、何の対策もしないでいると、
① 親世代が思い描いた人生は訪れず、
② せっかく築き上げた資産が、子世代・孫世代で散逸する恐れがあります。
憂いなく100年人生を送るためには、しっかりとした計画と工夫が必要です。
ここでは、何世代にもわたって資産を活用できる信託の法的制度をしっかりと知り、準備をしましょう。
民事信託とは、
委託者が、信頼できる人(受託者)に、
① ある目的のために財産を移転し、
② その目的(例えば、受益者の幸せな生活)のために財産を活用してくれるように委託する制度です。
少し難しくなりますが、
ご高齢対策、相続・事業承継対策をする方に即して説明すれば、「民事信託」とは、
① 委託者(親世代)が、受託者(相続人や二次相続人など)との、契約や遺言等(信託行為)により、
② 「ご高齢対策」や「相続・事業承継対策(生前の資産の管理運用、生前贈与等生前の資産の承継、相続後の資産の承継や運用管理、更には二次相続後の資産の承継や運用管理)」、「その他」等々の信託目的で、
③ 不動産所有権や株式等の財産(信託財産)を受託者に移転し、
④ 受託者に対し、これらの財産を管理・処分して、「資産家・経営者ご自身やその相続人や二次相続人や親族以外の方(以下「受益者」といいます。)の利益」(受益権)を図る義務を負わせる、という制度です。
民事信託は、遠い将来にわたり、その資産を有効活用することができる便利な制度です。
遺言とは異なり、子・孫の世代まで、あるいは、ご高齢の方ご自身に親族がいない場合にも、将来にわたり、誰のためにどのように「財産」を活用すべきかを自由に設計することができます。具体的には、
⑴ 高齢対策と事業承継・相続対策の双方に使えます。
⑵ 親世代がご存命中も、亡くなった後も、取り決めた内容は、信託目的に従って実行されます。
⑶ 遺言とは異なり、第一次的に利益を得る配偶者や子世代等だけでなく、その次の受益者、その次の次の受益者も指定することができます(受益者連続信託)。
⑷ 遺言や生前贈与とは異なり、利益を受ける受益者が財産を浪費・散逸しないように、信託を設定することができます。
即ち、遺言や生前贈与では、財産を取得した方が財産を浪費して散財することを防ぐことは困難ですが、信託は、相続人(御子様世代御孫様世代)の浪費・散財(財産を騙し取られることも含め)を防ぐこともできます。
更に、受益者の方が莫大な借金を作っても、親御様が築き上げた信託財産が受益者の債権者に取られてしまうこともありません。
⑸ 利益を受ける受益者の委託者に対する忘恩行為があった場合には、信託を解約・変更して、対応することができます。
⑹ 生前贈与や遺贈とは異なり、利益を受ける受益者に判断能力が不十分だったり、騙されやすかったりする場合にも、長きにわたり受益者の利益を保護することができます。
⑺ 例えば、このマンションと敷地のみ、この預金1億円のみ、というように、特定の財産のみを信託の対象(信託財産)とすることもできます。
⑻ 受託者に対する監督の仕組みを、監督の必要性に応じて、柔軟に設計することができます。
⑼ 株式の生前贈与や生前の売買とは異なり、株式会社の株式を信託財産として受託者(子世代)に移転しても、株主総会において、どのように株式の議決権を行使するかの指図権を、委託者(親世代の創業者)に留保することができます。
資産家や経営者の方が所有している財産(土地や株式)に信託を設定して、信託の効力が発生すると、
① 財産は、信託を委託した資産家や経営者の方から、受託者に完全に移転し、
② 受益者は、受託者に対し、受益権(信託目的に従い、受託者に給付を請求する権利)という債権(権利)を取得する、
と考えるのが現在のところ多数説です(有力な反対説もあります)。
民事信託のこのような仕組みは、「民事信託を使うメリットは?」で述べたとおり、成年後見や遺言等と比較し、高齢者対策・相続事業承継対策にとって非常に優れた側面を有しているのです。
1 信託目的
「信託目的」とは、信託によって達成する目的であり、信託契約や信託のための遺言には、必ず、信託目的を記載する必要があります。
多様な目的を設定することができますが、受託者の利益を図るだけの目的を設定することはできません。
高齢者対策や相続・事業承継対策で民事信託を利用する場合、信託契約書には、幸福な生活の安定と、優れた資産運用や会社経営をなし得るという観点から、できる限り具体的に信託目的を記載する必要があります。
2 信託財産
「信託財産」とは、委託者から受託者に移転し、「受託者」に属することになった財産であって、信託によって受託者が管理又は処分をすべき一切の財産をいいます。
要するに、信託財産とは、信託目的のために、委託者が受託者を信じて託し、譲渡した財産のことをいいます。
3 委託者(信託を頼む人)
「委託者」とは、信託契約や遺言信託等によって、信託をする者であり、信託目的のために自らの財産を受託者に移転した者をいいます。
4 受託者(信託の仕事を頼まれた人)
「受託者」とは、信託契約や遺言等信託行為の定めに従い、「自ら(受託者)の名義で」、信託財産の管理又は処分及びその他の信託目的の達成のために必要な行為をすべき義務を負う者をいいます。
5 受益者(信託により、利益を享受する人)
「受益者」とは、受益権を有する者であり、受託者から、信託財産にかかる給付(物や利益、サービス)を受ける権利等を有する者をいいます。
「受益権」とは、信託行為に基づいて、信託財産に属する財産の引渡しその他の信託財産に係る給付を請求する権利をいいます。
6 信託行為
信託行為とは、信託を設定する行為であり、①委託者と受託者の信託契約、②委託者の遺言、③信託宣言(委託者が受託者を兼ねる場合)の3つの方法があります。
7 信託監督人(受託者をチェックする人)
信託監督人とは、受託者が受益者のために、信託事務を誠実に履行しているかを監督する権限を有する者です。
法定後見や任意後見とは異なり、民事信託は、監督の仕組みが契約自由の原則に委ねられていますので、信託契約等で信託監督人を設けなければ、受託者を監督する者がいないことになります。
8 受益者代理人
受益者代理人は、受益者に判断能力がない場合や受益者が高齢になった場合等に備えて、受託者に対し、受益権の履行を請求し、信託監督人に対し監督を促す等、受益者の権利行使を代理して行使する者です。
これも、信託契約等で特に定めた場合に、選任されます。
1 信託目的についての鉄則
任意後見や法定後見の目的は生前の財産管理と療養看護であり、遺言の目的は相続・事業承継であることが多いですが、信託の目的には、これら全てを包含した上、病弱な家族や知人の将来にわたる生活の安定も含むことができます。
ただ、信託では、生前の療養看護のための介護契約や入院契約を、受託者が代理して締結することはできないとされておりますので、任意後見等の併用が必要です。
信託契約書や遺言書に記載する信託目的が抽象的だと、受託者が、委託者の期待を具体的に把握するのが困難になり、信託監督人や受益者代理人は、監督や代理の指針が定まりません。
信託目的を設定するに先立っては、受益者にとって何が幸せか、委託者が受託者に何を期待するかをできる限り具体的に考え、関係者や専門家と、十分時間をかけて協議を重ねることが必要です。
① 委託者の判断能力がなくなった後、委託者が死亡した後の遠い将来まで、委託者の希望どおりに受託者や信託監督人、受益者代理人に動いて貰えるよう、事情の変動も踏まえて、「できる限り具体的に」信託目的を設定し、
② 単に受益者の「生活の安定やよりよい資産運用、会社経営」という観点に留まらず、ここまで頑張って来た自身が、最後の一日まで幸せに過ごすという点を積極的に取り入れ設定することが重要です。
そうでないと、せっかく信託の仕組みを構築しても、肝心の委託者の幸せがおざなりにされ、いつの間にか財産を管理され介護されるだけの存在になる畏れがあるからです。
2 信託財産選択についての鉄則 — その不動産・その株式に信託を設定して大丈夫ですか?
〜信託は耐用年限が長く管理運用方針が手堅い物件で〜
⑴ 信託財産にしてはいけない不動産
民事信託は、子の代、孫の代までを視野に入れた、場合によっては、何代にも渡る長期のスキームが採られます。
耐用年限が短い物件や将来の修補回数や修補費用が読めない建物、将来のリスク(空室リスク、地震や水害等のリスク)が読めない物件を、安易に信託財産にすると、受託者や受益者に思わぬ困難を強いることになり、ひいては信託目的を達することができなくなります。
⑵ 信託財産に適する不動産のチェックリスト
マンション等収益物件を信託財産にする場合、最低限、①耐用年限が60年以上、②将来の修補内容・修補回数・修補費用が確定している、③地震・災害に強い、④遠い将来まで競争力を維持して収益を得る品質と計画がしっかりしている、⑤空室リスク災害リスクが少ない適地に建っている、という条件を満たしているか、チェックする必要があります。
⑶ 信託に適さない不動産を、信託に適する不動産に
例えば、信託に適しない2つの所有不動産を売却し、信託に適するマンション一棟を建設する等、床面積は減少しても、「保有不動産を遠い将来まで競争力のある少数精鋭物件に入れ替えた」上で、精鋭物件を信託財産にすることが重要です。
〜株式の信託は役員の莫大な?責任を消してから〜
会社の日々の運営が、会社法上要求される手続を省略してしまっている会社では、オーナー社長の損害賠償責任が多数発生していることがあります。
そのような株式会社の株式を信託財産としてしまうと、オーナー社長(場合によっては他の親族)に対する損害賠償請求権まで信託財産にするに等しく、当該会社の株式の議決権行使や会社経営を委ねられた受託者や信託監督人は、オーナー社長やその親族に対する損害賠償請求権を不問に付す訳にはいかなくなる場合があります。
このような心当たりが少しでもある方は、「株式を信託財産にする前に」、弁護士にご相談ください。
3 委託者についての鉄則
民事信託は、委託者が受益者を兼ねることができる点に特徴があります。(後述5 の① 参照)
委託者と受益者が別人になった時点から、相続税や贈与税等が発生することになります。また、受託者の候補が見つからない時には、委託者が受託者を兼ねて信託を設定することもできます。
そこで、信託に詳しい税理士の先生と相談し、委託者がどの時点まで一人二役、一人三役をするべきか、租税の側面、人材の側面、保護を要する方の側面から、十分検討する必要があります。
4 受託者についての鉄則
民事信託は、法定後見とは異なり、財産の管理をする者を委託者が自由に選ぶことができます。ここで、情に流されて不適任の親族を受託者に設定すると、例えば、資産が散逸したり、会社経営が立ち行かなくなる畏れもあります。
また、民事信託は、数十年単位の長期のスキームになることもありますから、受託者が受益者より先に死亡することもあり得ます。
そこで、その資産管理やその会社の経営に優れた方を、当初の受託者、二番手の受託者、三番手の受託者と、決めておく方法もあります。
また、受託者の経営能力が未知数の場合には、経営する会社の株式自体を(株式の議決権を含め)信託財産としつつ、株式の議決権の指図権(会社の株主総会で、どのように株式の議決権を行使するかを、委託者が受託者に指示する権限)を会社のオーナー社長であった委託者に留保する方法もあります。
5 受益者についての鉄則
① 受益者も、当初の受益者は委託者が兼ね(税金はかかりません)、委託者死亡後に配偶者が二次受益者に(配偶者控除が使えます)、配偶者が死亡した場合に病弱な孫を三次受益者にというように、連続的に決めることができます。
この場合、委託者が、家族と住むマンションを信託財産にし、自分が生きている間は、自分が受益者として配偶者とともにそのマンションに住み、自分が死亡後は、配偶者を受益者(二次受益者)とします。配偶者が死亡後は、そのマンションを、複数いる孫の中で、特に病弱な孫の生活の安定のために使ってほしいとして病弱な孫を、三次受益者にする信託をすることになります。
② ただし、受益者が代わる都度、相続税や贈与税が発生しますので、例えば、高齢者が、自分の死後、同居する自分の姉を二次受益者にし、二次受益者の死亡後、自分の子を三次受益者にする場合のように、短い期間で受益者が変更する可能性があると、税負担が重くなりすぎる場合があります。
③ このような場合には、短い期間で受益者が変動するのを避ける方法がないか、信託に詳しい専門家と十分ご検討ください。
④ また、信託終了時に信託財産を誰に帰属させるかは、受益者を誰にするかとは別次元の話ですので、遺留分に対する配慮や誰に事業を承継させるのが好ましいかという観点から、冷静に慎重に検討する必要があります。
6 信託行為についての鉄則
意思能力の落とし穴への対処
信託契約も遺言信託も、財産を誰に相続させるかという単純な遺言と比して相当に複雑ですから、信託を設定するには、委託者に十分な判断能力が必要です。
特に高齢者の方が信託を設定する場合には、後日、信託に反対する親族から意思能力を争われないよう、弁護士に相談し、信託契約時(遺言信託をする時に)に十分な意思能力があることについての証拠を十分に保全しておく必要があります。
信託条項の落とし穴への対処
① 信託契約や遺言信託の条項を、単に「不動産の管理と処分」、「建物の建築」、「株式の議決権の行使」、「生活の安定」等と抽象的に記載するに留めると、受託者も、信託監督人も、どのような見地から監督するべきかが具体的に定まりません。
② 信託条項が抽象的過ぎると、委託者の思い通りに受託者が動かず、信託財産が凍結し、あるいは、逆に受託者がリスクのある行為に走り信託財産が散逸する危険性があります。
③ 特に「建物の建築」を信託条項に入れる場合、手堅い場所に、信頼できる建築業者で、耐用年限の60年以上の災害に強い競争力のある建物を建てる旨、将来の修補計画も含め、具体的に信託条項に記載しておく必要があります。
7 信託監督人(受託者をチェックする人)
法定後見の場合、後見人が不適任である場合には、家庭裁判所が後見人を罷免し交替させてくれますが、民事信託の場合には、受託者が誠実に義務を履行しない場合に備え、信託契約で信託監督人を決めておく必要があります。
信託監督人は、受託者を監督する者ですから、受託者を監督できる知識や素養が必要であり、信託が長期のスキームであることから、信託監督人についても、一番手、二番手、三番手を用心深く決めておくのが鉄則です。
8 受益者代理人についての鉄則
信託監督人を定めても、毎日のように監督してくれるとは限りません。特に、受益者が高齢で認知症等により判断能力が乏しい場合には、受益者の権利を保全するため、あるいは、状況に応じ信託条項を変更する必要に対応するため、受益者代理人を選任しておくことが好ましいと言えます。
信頼できる親族や知人、信託に詳しい専門家に依頼して、受益者代理人を選任します。
受益者代理人についても、一番手、二番手、三番手と、スキームの長さに応じ、信託契等に条項を入れます。
メリットが多い民事信託にも重大な落とし穴
⑴ 信託には多くの長所がありますが、民事信託によっては、受託者は、本人に代わって契約を締結することができないとされています。
この場合、財産管理契約や任意後見契約と併用するとよいと思います。
⑵ 民事信託は、受託者の監督が、契約に委ねられることから、受託者に対する委託を的確且つ具体的に信託条項に記載し、受託者の事務処理が適切になされるよう、工夫する必要があります。